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2020/06/09 (Tue) 髪うねる
2020/06/04 (Thu) 『船団』第125号

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スパニッシュ・アパートメント

「山本真也のキネマ句報(仮)」20本目

『スパニッシュ・アパートメント』(2002)
監督/セドリック・クラピッシュ
出演/ロマン・デュリス、 オドレイ・トトゥ、セシル・ドゥ・フランス、ケリー・ライリー、ケヴィン・ビショップ、ジュディット・ゴドレーシュ

外国に暮らすとは、自国を思うことだ。ホームシックの話ではない。
この映画が流行った頃、主人公のグザヴィエがバルセロナに留学したのと同じように、僕はパリにいた。ファーストネームで呼び合ったりほっぺにチューする挨拶をしながら日本人の持つ距離感について考え、ルーヴル美術館のテラスで谷崎潤一郎とか司馬遼太郎を読んだ。向かいのパン屋のバゲットは美味かったが、京子食品までスペイン米を買いに行った。そのようにして僕はフランスにかぶれながら、より日本人になった。
帰国して暫くは、行ったことのない寺社を巡り、コシヒカリやササニシキを食っては感動した。周りの女性に「山本くん、顔一個分くらい近い」と怒られた。今は、油絵を描き俳句を詠んでいる。

えんぶりの後はスペインバルに行く

劇中そのままの多国籍チームでプラス・ディタリーの中華街に繰り出した折、各自自分の皿を注文しようと主張するフランス人に対し、この回る円卓が何の為にあるか説明しながら喧嘩したが、あの時ほど口の回ったことはなかったな…

(今年は、301のホームページをスタートさせます。多ジャンルを横断するコンテンツを発信して行きますが、そのうちの1コーナーを先行公開。僕、山本真也の担当する「キネマ句報(仮)」は、毎週一本の映画を取り上げ、コラムとそれにまつわる一句という形で展開します。お楽しみ下さい。※コーナー名を「キネマ句報」と「cunema」で迷っております。)


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坪内稔典さんのブログに新作五句。



ウルフ・オブ・ウォールストリート

「山本真也のキネマ句報(仮)」19本目

『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013)
監督/マーティン・スコセッシ
出演/レオナルド・ディカプリオ、マーゴット・ロビー、ジョナ・ヒル、ジョン・バーンサル、カイル・チャンドラー、ジャン・デュジャルダン、マシュー・マコノヒー

外資系投資銀行で働く友が言った。「真也、最後に残された戦場はアートと金融や」
凄まじいドライヴ感だ。このテンションを三時間維持できたのは、「最後の戦場」が舞台であることに加え、スピードの中にも細かな緩急が仕込まれているからだろう。モノローグの多用、株屋の営業トークよろしく観客に話しかける演出。濃厚な対話、スローモーション、ストップモーション。カイル・チャンドラーの沈黙、ディカプリオの饒舌。ハイな演説シーンはカリスマブローカーのカリスマたる説得力に満ち、アル・パチーノの専売特許を奪いそう。
ドライヴ感は大事だ。調子の良い日は描き始めて一時間くらいすると、自分と自分の絵がピタッと重なって来て、手が勝手に動く。暫しスターを取ったマリオの気分だが、そういう折は大抵、正反対のベクトルの心持ちが発生し、つまり「画面をまとめたい」という欲求である。「今」でなく「先」を見てしまう。それに搦め捕られると終わり。絵はちんまりと収まり、覇気が死ぬ。色気を抑え、一旦完成を放棄し、「どうなろうとThis is me」と開き直って筆を揮うことができた時、過程が結果を凌駕し、偶然が必然を飛び越えて、自分でも信じられないところに着地することがたま〜にある。

ヤッケ着て二十一世紀を走る

(今年は、301のホームページをスタートさせます。多ジャンルを横断するコンテンツを発信して行きますが、そのうちの1コーナーを先行公開。僕、山本真也の担当する「キネマ句報(仮)」は、毎週一本の映画を取り上げ、コラムとそれにまつわる一句という形で展開します。お楽しみ下さい。※コーナー名を「キネマ句報」と「cunema」で迷っております。)



ジョン・ウィック:パラベラム

「山本真也のキネマ句報(仮)」18本目

『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019)
監督/チャド・スタエルスキ
出演/キアヌ・リーヴス、ローレンス・フィッシュバーン、イアン・マクシェーン、ランス・レディック、ハル・ベリー

男の子の映画、三たび。
ジョン・ウィックシリーズの監督は、数々の映画でスタント、スタントコーディネートを手掛けて来たチャド・スタエルスキ。『マトリックス』でキアヌのダブルを演じたのも彼。というわけで、アクションへのこだわりと引き出しは半端なく、聖域コンチネンタルホテル・主席連合・血の誓印といった少年漫画的要素、キアヌにローレンス・フィッシュバーンをぶつけるキャスティングなど、僕らはどうしてもワクワクするのだ。
1と2は状況設定のため物語パートもあったが、3はのっけから戦いまくり、ガラス割れまくり、犬噛みまくり、馬蹴りまくり。これでもかこれでもかと僕らの急所を押して来る。
俺たちは餃子を食いに来た、餃子があればそれで良い。

春暁の餃子の皮の五百枚

(今年は、301のホームページをスタートさせます。多ジャンルを横断するコンテンツを発信して行きますが、そのうちの1コーナーを先行公開。僕、山本真也の担当する「キネマ句報(仮)」は、毎週一本の映画を取り上げ、コラムとそれにまつわる一句という形で展開します。お楽しみ下さい。※コーナー名を「キネマ句報」と「cunema」で迷っております。)



北北西に進路を取れ

「山本真也のキネマ句報(仮)」17本目

『北北西に進路を取れ』(1959)
監督/アルフレッド・ヒッチコック
出演/ケーリー・グラント、エヴァ・マリー・セイント、ジェームズ・メイソン、レオ・G・キャロル

ヒッチコックやグラントでなく、ソール・バスについて。1954年のオットー・プレミンジャー監督作『カルメン』を皮切りに、『七年目の浮気』『悲しみよこんにちは』『めまい』等のタイトルシークエンスを手掛け、今作では動的なタイポグラフィーを導入、この分野の開拓者とされる。他に『サイコ』『オーシャンと十一人の仲間』『カジノ』等。またCM、企業広告、プロダクトデザイン、絵本と仕事は多岐に渡り、KOSÉやJOMOのロゴもこの人。
僕にとっては、絵画と映画を跨いで仕事をしたことも特別だし、彼の温度があって且つ垢抜けたセンスにメロメロである。今見ても全然古くないのは、逆説的だけれど、前の時代ならではの手仕事感があるからだと思う。ロートレックやウィーン分離派のポスターと同じように。
手仕事には自ずから人間味や個性が出る。洗練に寄った現在、そういうものの大事さは増している。洗練と手仕事感のバランスを恐れる必要はない。ものづくりはどんな分野でも、やればやるほど洗練されて来る。それでも、直しても直しても直らない癖がある、それが個性だ。下手くそな奴こそものをつくるべきだ。不器用な僕はそう開き直って、絵を描いている。

鉛筆がぼきぼき折れる春である

(今年は、301のホームページをスタートさせます。多ジャンルを横断するコンテンツを発信して行きますが、そのうちの1コーナーを先行公開。僕、山本真也の担当する「キネマ句報(仮)」は、毎週一本の映画を取り上げ、コラムとそれにまつわる一句という形で展開します。お楽しみ下さい。※コーナー名を「キネマ句報」と「cunema」で迷っております。)




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