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2008/06/25 (Wed) 怪談とジョルジョ
2008/06/17 (Tue) 竹野内豊の法則

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素直に描く
描くより見よ
音も匂いも描く
観念的になったらあかん
こうしてやろうって思っちゃ駄目だね
左脳でなく右脳で
画材に身を任せる
この世界をどう切り取るか
彫像は既に石の中にあった、自分はただそれを掘り出したに過ぎない
ダヴィンチとゴッホとピカソの描き様は同じだ
巨匠ほど謙虚だ
画家は自然を師とせねばならぬ
則天去私
運命の奴隷

人から聞いた言葉、本で読んだ文句、自分が抱いた感想様々ですが、全て同じことを言っている気がします。その感覚を何とか獲得したい。

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それにしても今日の日本ハム―西武戦、オリックス―楽天戦は凄かった。
片やダルビッシュ・涌井の投げ合いで9回決着付かず、延長10回1―0のサヨナラゲーム。片や新星の金子を相手に岩隈が面目躍如、4年振りの完封勝利。
明日はいよいよセ・リーグも開幕。パ・リーグのような熱い戦いを展開してもらいたいものです。
我等の安藤や福原にもパのエース達に負けない凄みのあるピッチングを。上園や岩田や阿部、桜井や林や坂には次世代を担うという宣言足るプレーを。

実は京セラドームでの開幕戦、友人に「チケットあるぞ」と誘ってもらったのですが、今週月曜から描いているポーズの仕上げをやる日で、球場行きを我慢した私は偉いのか馬鹿なのか。
逆説的ですが、アトリエ行きを選択した私が後悔する試合をしてくれますように。

その前に絵に集中出来るのか?

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日曜日は、ウォン・カーウァイ監督の『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を映画館に見に行って、帰宅後、クエンティン・タランティーノ監督の『デス・プルーフ』のDVDを見た。前者は相変わらず、ヴィヴィッドな色彩とメロウな音楽とシャレた台詞が満載、後者は相変わらず、酒、麻薬、暴力、ファンク、ナイスバディー、F-word全開だった。タッチは全然違うけれど、ストーリーにこれといったメッセージはなく、映画が好きで映画を作ったという感触が似ている。言い換えれば、映画それ自体でなくて、映画を撮る背中に強烈なメッセージを見る。

映画館からの帰り、行き付けの中華屋に小龍包を食べに行ったのだが、裏道の目立たぬ店、安い値で美味い点心を提供する寡黙な主人の背中に、監督達と同じオーラを感じた。

私も彼等の様に絵を描きたいと思う。主義・思想を振り翳すでなく、それは背景から匂うように描きたいと思う。

と主義・思想を喋り散らすのはこの辺にして、アトリエに戻ろう…

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何かモチーフを前に描いていると、知らず識らずの内にその形や色を写し取るのに躍起になる。
或いは頭の中の理論が気付けば手をコントロールし、光源と逆の面を暗く染めては立体感を醸し、稜線を濃く印しては絵を締める。
そういったことは画面の説得力を増すのに間違いなく必要だけれども、言い換えれば既存の戦法であり、新規のものは生み出さない。
創造の原動力になるのは、個個人が独自に持つ感情だと思う。
こう線を引きたいとか、この色を使いたいとかいう。
そうして“予め完成が想像される”のでないもの、新しい何かが誕生する。

私は行き詰るといつも、ゴッホの画集を開く。
ゴッホはそんなに“上手く”ない、でも最高だ。
それは、ゴッホが感情に従ったアーティストだったからだ。

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「画材に身を任せる」
先輩の画家、小島祐一さんの言葉です。

技術を持っていればいるほど、その画材の特徴などお構いなしに、捻じ伏せるように描きがちだ。
そうでなくて、画材の利点また不利な点も含め、これを使って目前のモチーフの何が表現出来るか、そんな自問自答の中からこそ、地に足の着いた個性が生まれる。
僕は上の言葉をそう解釈しています。

幸か不幸か、僕は不器用な絵描きだ。
描き始めた頃はそのことがコンプレックスであったけれど、今はだからこそ、画材の声を聴き、モチーフに耳を澄ませて、自分の言葉を発する。それで良いと思える。


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