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俺のオヤジ(↑)はコテコテの大阪弁を喋る。
「ほんまでっか」とか「ぼちぼちでんな」とか言う。
船場の商人ということは大きいだろう。
しかし世代的なものもあると思う。

俺はコテコテではない。
大学からの京都生活も長くなっている。
「そうです」が頭高でなく平板になったり。
しかし世代的なものもあると思う。

大阪に限らず、我々の世代辺りから、滅菌処理的な教育が施されて来た。
年長者には敬語を、知らない人と話してはいけません、教師は聖職、体罰は厳禁。
核家族化、マンションの乱立、地域コミュニティの衰退、治安の悪化、モラルの低下等、様々に絡み合って、消毒は苛烈に苛烈になった。

それは、大阪の、大阪弁のメンタリティを侵害した。
ものを値切る時は「オッチャン、もうちょっと安してえなあ」であって、「店員さん、もう少し安くして頂けませんか」では頂けない。
甲子園では知らんオッチャンに焼鳥を貰い、知らんオバチャンと手を取り合って、六甲颪を歌うのである。
ガールフレンドを連れて行くと、オッサンの抱擁が妙に長いのは許せんのだが。

俺はラテン系の国に行くと、とても居心地が良い。
人と人との距離が圧倒的に近く、過慮の和製シェルターは霧散し、結果自分自身にも正直になれるからだ。
そしてそのことは、自己と向き合わねばならぬ絵にも決定的に好影響である。

半ば削れてしまった俺の中の大阪人の意気、やはり大切にしたいと思う。
大阪で生まれた男やさかい、阪神ファンとして、画家として。


大阪で生まれた女/BORO



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何かを決断した後、違う道を選んだらどうだったろうと考える。
現実はこの一つしかなく、いくら考えても実際的な影響は無いのだが。
しかし同時に思うのは、どんな道を辿っても、俯瞰で見れば大差無いだろうということだ。
今日の漬物は千枚漬か壬生菜か梅干か、でも例えば大徳寺大こうで買えばどれも美味しい。
…例えがイマイチだったか。
旅先を北海道にするかフランスにするかウルグアイにするか、きっと随分違う経験が出来ると思う。
けれど好奇心が旺盛なら、どの場所でも色々吸収出来るだろう点では変わりない。
キーは好奇心だ。
人生は大きな必然と小さな無数の偶然で成り立っている。

先日、井上雄彦さん『最後のマンガ展』を訪れた。
2008年に東京上野で開催された展覧会が、熊本そして大阪に巡回して来たものだ。
関西人の為、あまり多くを書く訳にいかないが、紙面でなく広い空間を舞台にした斬新な構成の、それでも紛れも無い“マンガ”。
そして連載でも御馴染みだが、墨と筆というクラシックな画材による、洗練されたモダンな線。
『バガボンド』を描く中で、井上さんはコントロールし易いペンという道具を、支配の難しい筆に持ち替えたそうだ。
しかしペンで培われた圧倒的な制御力で、偶然の画材とも言える墨と筆を軽々こなしてしまっている。
力で捻じ伏せるという意味ではない。
偶然さえも必然の一部として取り込んでいる。
僕が目指す境地だった。
激しく感銘を受けると同時に、激しく悔しかった。

押し付けがましい説明ではなく、神に助けられた偶然でもない。
必然的に説得力を持った偶然、そんな絵を描きたい。
絵と人生は似ている。

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写真は左から、『最後のマンガ展』会場・大阪天保山サントリーミュージアム入り口の宮本武蔵像/2007年に紀伊國屋ニューヨーク店で描かれた壁画/2005年プライド男祭りのポスター、全て井上さんが手掛けたもの。

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絵を描くに当たって必要なものは、筆とキャンバスとパッション、そしてアクションである。
雲と不安の渦巻く空を一気に描く。張りのあるおっぱいの上面に入魂のハイライト、一筆を添える。そんな時は、剛速球を投げるピッチャーの様に、右腕を思い切り振り被って、画面に叩き付ける。
そういう訳で、先日は隣のM君の白シャツに紅の飛沫を飛ばし、Sさんのジャケットに墨を撒いた。前方で描いていた緻密な画風の日展画家I氏の画面に青い斑点を残した時、私の顔も青褪めた。皆さん本当に御免なさい。
報いはやはり自分に返るもので、私のブルージーンズの裾にイエロー、膝にホワイト、股間中央には漆黒のインクが付いて離れない。

初個展の詳細が決まったので、お知らせします。
山本真也個展 『青春の断面図』
2009年2月17日(火)~22日(日)
ギャラリー・ヒルゲートにて
〒604-8081 京都市中京区寺町通三条上る西側
TEL 075-231-3702 URL http://www.hillgate.jp
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私の友にサ行をちゃんと発音出来ない人がいる。パン屋で働いており、店を訪れると、「いらっさいましぇ」と迎えられ、「ありがとうございましゅ」と送られる。
彼女は漫画家の卵でもあって、絵の話をするが、デッサンという単語を「デッシャン」と発音する。デュシャンみたいで現代美術を語っているようだけれども、単なる言い間違いである。
先日、彼女の作品を読ませてもらった。冒頭、「人は笑いながら怒り、」「走りながら歩いている。」「回転しながら笑う」者も出て来る。クライマックスでは、「世界を覆い尽くした粘土がはち切れ、その中から無数のひよこが飛び出し、全部星になる。」作者曰く、ハッピーエンド。
やっぱり「デッシャン」は現代アートなのかもしれない。

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クリスマスプレゼントに『ジョジョの奇妙な冒険』のコミックスを頂きました。中学時代にジャンプを読んでいたので、山岸由花子とか岸辺露伴とか断片的には知っていたのですが、そうしようと思いつつもまとめて読んだことがなかったのです。身の回りに数多居るジョジョマニア達が私を置いてけ堀にして、ジョジョ立ちしながらスタンド出して盛り上がるのを虚しく眺める、そんな人生ともこれでアディオスです。
という感じで、漫画は嫌いでないけれどあまり通過して来なかった私は、先日漫画家志望の友人に新たな画材、Gペンを紹介してもらいました。さあ、いざ使ってみて、キリリ鋭いその描線にビビって手が動かない、更にはウジュルウジュルインクを零してしまい、仕方ないので指で延ばして描き足した、アクシデンタルなクロッキー。


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