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夏が来ると、そうめんを食べたくなる。
と言うより、そうめん付いて来ると、今年も夏が来たなあと思う。
他にもそういうことが幾つかあって、

桃が旬で甘くなり、値も下がり、もうやたら買い込んで、もうひたすら丸齧る
暑い時季だけ販売される絶品のソフトクリームを求め、近所のケーキ屋に通う
薄着のお姉さんにボンヤリする
薄着のオバサンにウンザリする
TUBEの『恋してムーチョ』って凄いタイトルやなあ、と思い出す
サザンの曲を聴きまくる

さて今年も車のCDデッキに『バラッド3』を積んだ途端、桑田佳祐さんの病気のニュースが伝わって来ました。
しっかり治して、元気な姿を見せて下さい。

桑田さんには色々教わった。
人生で初めて買ったアルバムは『世に万葉の花が咲くなり』で、音楽の楽しさを知った。
『稲村ジェーン』でラテンサウンドに触れ、同作収録の『忘れられたBIG WAVE』ではアカペラを好きになった。
洋楽を齧って日本の音楽に捩れた思いを抱いていた頃、『月』『黒の舟歌』のカバーを聴き、演歌や昭和歌謡も愛するようになる。
沖縄の楽器と音階を使った『ナチカサヌ恋歌』に驚いて、イヴモンタの名で桑田さんが歌う『バードランドの子守唄』でジャズに目覚めた。
「嗚呼、物作りする人は色んなものが好きで、色んなものを食べて、色んなものを吐き出すんだなあ」とジーンと感じた。
その感想は今、僕の最大の指針となっている。

桑田さん、全快したら、また色んな曲を聴かせて下さいね。
お楽しみにしてます

書き漏らしたが、思い出はまだまだある。
『ボディ・スペシャルⅡ』のジャケをエロ本代わりに眺める
『シュラバ★ラ★バンバ』のPVをAV代わりに眺める
孤独でBlueの場所“G★スポット”の意味を覚える
路上弾き語りに際してサザンを大量に仕込んで行くも、『TSUNAMI』ばかりリクエストされ、大ヒット曲を抱えるミュージシャンの知られざる苦悩を知る
エリとかエリコとかいう女性の前で、軽々しく『いとしのエリー』を歌ってはいけない


桑田佳祐/黒の舟唄



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オバサンは良く喋る
オバサンは美術館が好き
日本人は印象派が好き
印象派の殿堂、パリのオルセーが改装中

様々な偶然が重なり、今、東京の大美術館はオルセーからの貸し出し品のみならず、オバサンの喧騒に満ち満ちるという不幸に見舞われている。

美術解剖学会の大会、横浜そごうの鴨居玲展に合わせ上京した僕は、三菱一号館美術館のマネ展国立新美術館のオルセー展にも足を運んだ。

死せる闘牛士、ゾラの肖像、モリゾの肖像…
数々のマネの代表作を無数のオバサンの頭が遮る。
ふと前列から聞こえて来た言葉は、「あれ?睡蓮は来てないのね!」
お約束のようだが、睡蓮はマネでなくモネである。

新美のオルセー展はポスト印象派のテーマで、第一章がモネやドガや同時代のややアカデミックな作品、以降にセザンヌやゴッホやゴーギャンが展示される。
第二章は点描の部屋、点描と言えばスーラとシニャック、スーラとシニャックと言えば点描、両者の作品が続く。
如何にも俗物顔のオバサマから、わざとらしい驚嘆の叫びが上がる。
スーラさん、こんな絵も描いてたのね!」

第八章は“内面への眼差し”と題され、ルドンやモローの幻想的な画面が並んでいた。
僕は運悪く、そのオバサンと歩調が一緒だった。
「へ~!“内面へのメザシ”の部屋!」
「どれも内面を描いてるのね!」
「これはどの辺りに内面が表れてるのかしら?」
「あれはどの辺りに内面が表れてるのかしら?」
ヴュイヤールの『ベッドにて』はサインが下部でなく、左上に書かれてある。
「いや!何か字が書いてあるわ!あれは内面のこと書いてあるのかしら?!」
その一室で50回は発せられたろう、メザシのオバサンの「内面」のフレーズは、一週間経った今も、僕の内面でリフレインしている…


左から、エドゥアール・マネ『死せる闘牛士』(マネ展より)/クロード・モネ『ロンドン、国会議事堂、霧に差し込む陽光』/ジョルジュ・スーラ『ポール・タン・ベッサン、外港、満潮』/エドゥアール・ヴュイヤール『ベッドにて』(後3点オルセー展より)
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パブロ・ピカソのことを考える。
それはワールドカップでスペインが活躍しているからでなく、キャンバスの前、彼の如く描きたいと思うからだ。

ピカソは排泄するように絵を描いた。
そこに上手く行くとか行かんの基準は無く、ただその日その時の痕跡を残すように描き散らしたように感じる。
岡本太郎が著作の中で、「馬小屋のような雑なアトリエで雨でも洩ったのか、画面全体に泥がハネ上がったのをそのまま出品するのを見て、口惜しいと思った。自分なら土を拭き取ってしまう。」と語っていたが、誠実なる日本人として痛い共感をしてしまった。
徹底的な、徹底的な自己肯定。

ピカソの作品の一枚一枚が、レンブラントゴッホのそれのように心震わすのではない。
しかしそのあまりの快便振りは、スケッチブックのページ毎に一喜一憂する謙虚で矮小な僕を、そんな小さな山も谷も越えた向こう側へ蹴飛ばしてくれるのである。

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愛犬のビビが亡くなりました。
共に過ごした12年の歳月、沢山の幸せとハプニングをくれました。
彼はれっきとした純血のチワワでしたが、骨格が大きく体重は5キロ超で、散歩中に「何の犬種?」と尋ねられたこと数え切れません。
家に来た時は掌サイズでしたが、文字通り日に日にでかくなり、風貌が反社会的勢力と噂の私の父は、「ニセモン掴ませたやろ?!」とペットショップに電話しました。
いくらチワワとして大きいと言っても、奈良公園の牡鹿に喧嘩売った時は焦りました。
もっと焦ったのは、彼がまだデカくなり切る前、小回りの効いた頃、散歩好きが高じて3度脱走しました。
そのくせ裏山からぶるぶる震えながら走り戻って来た時、汗と冷や汗でびしょ濡れの僕もぶるぶる震えました。
日頃は温厚なのですが、時にアニマル振りを発揮し、私の母と散策中、犬猿の仲のエジソン君と遭遇してとち狂い、眼前の母のふくらはぎに噛み付きました。
妹がじゃれてビビの長過ぎる鼻にキスしていた時、ちょうど家の前を救急車が走り、サイレンに興奮したビビは、妹の唇に思い切り歯を立ててディープキスをかましました。
オジサンになって毛が白っぽくなってからは、幼少時と真逆の哀愁と貫禄を示し、マイケル・コルレオーネも真っ青の渋い横顔でありました。
最高の友であり、最高のモデルでした、ビビ有り難う。
お葬式の時、小型犬用の棺に納まらず、ワンサイズ大きいのに入りました。
最後にやっぱり中型犬なのを認めざるを得なかったね、ビビ。


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