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犬はあまり目が見えないというのは嘘である。
我が家のティンクは間違い無く見ている。
野球中継を。
阪神―巨人を。
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そして吠え立てるのだ、このセンターからのアングルに。

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これには無反応。

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これにも無反応。

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これにさえ無反応。

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しかしこれには俄然怒り出す。

満塁でもランナー無しでも変わらない。
阪神戦でも楽天戦でもマリナーズ戦でも変わらない。
つまり歓声に、音の大小に反応しているわけではない。

バックスクリーンカメラの映像に切り替わる度、真っ直ぐブラウン管に向け、目ん玉引ん剥き怒り狂うチワワのティンク。
お前は何に怒っている?
俺と一緒か?
虎の勝負弱さにか?
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俺のオヤジ(↑)はコテコテの大阪弁を喋る。
「ほんまでっか」とか「ぼちぼちでんな」とか言う。
船場の商人ということは大きいだろう。
しかし世代的なものもあると思う。

俺はコテコテではない。
大学からの京都生活も長くなっている。
「そうです」が頭高でなく平板になったり。
しかし世代的なものもあると思う。

大阪に限らず、我々の世代辺りから、滅菌処理的な教育が施されて来た。
年長者には敬語を、知らない人と話してはいけません、教師は聖職、体罰は厳禁。
核家族化、マンションの乱立、地域コミュニティの衰退、治安の悪化、モラルの低下等、様々に絡み合って、消毒は苛烈に苛烈になった。

それは、大阪の、大阪弁のメンタリティを侵害した。
ものを値切る時は「オッチャン、もうちょっと安してえなあ」であって、「店員さん、もう少し安くして頂けませんか」では頂けない。
甲子園では知らんオッチャンに焼鳥を貰い、知らんオバチャンと手を取り合って、六甲颪を歌うのである。
ガールフレンドを連れて行くと、オッサンの抱擁が妙に長いのは許せんのだが。

俺はラテン系の国に行くと、とても居心地が良い。
人と人との距離が圧倒的に近く、過慮の和製シェルターは霧散し、結果自分自身にも正直になれるからだ。
そしてそのことは、自己と向き合わねばならぬ絵にも決定的に好影響である。

半ば削れてしまった俺の中の大阪人の意気、やはり大切にしたいと思う。
大阪で生まれた男やさかい、阪神ファンとして、画家として。


大阪で生まれた女/BORO




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「投げ遣り」という言葉を広辞苑で引くと―
投げすてておくこと。結果はどうなってもかまわないと、無責任な態度であること。
とある。
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国立新美のゴッホ展で見たこの絵の背景の投げ遣りっ振りに、僕は打たれた。
筆振るったまま、タッチを揃えたり整えたり一切無し。
ここをこの色に塗りたい、それだけ、それ以外は要らない。
絵は目で見るものにも拘らず、絵面という結果はどうでも良い、何をしたいか伝わればそれで良い。
その無責任な態度こそが、結果的に暗喩となり、絵の色気となる。

言い換えよう。

模写は良い。
特に他の画材でやるのが良い。
同じ道具だと、どういう技法かどういう筆触かの研究に傾き勝ちだが、違う媒体に依ると、絵面は真似難いけれども、却って画家が何を描こうとしたのかという、より本質的なものの見えて来ることがある、聞こえて来ることがある。
巨匠との対話、至福の時。


上はドガの彫像のスケッチ。横浜美術館にて大回顧展開催中、12月31日まで。必見!下は前述のゴッホの模写/ロートレックの模写/シーレの模写/ドーミエロダンアンソールの模写/レンブラントの模写
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